「旧青梅街道」に違いはない。しかし奥多摩駅のひとつ手前の集落、日向と、氷川(奥多摩駅)を結ぶわずか700mの話である。現在の国道の15m〜20m上に、明治大正までの道が部分的に残っている。
駅前の土産物屋のご主人によれば、「馬車は通れた。うちの祖父さんが馬で炭を運んだ道だよ」とのことだが、いまや歩く人を選ぶ。奥多摩駅からもっとも近い、極悪の廃道になっている。


項目内容
記録日2026年9月27日(日)
天候雨上がりの曇天
パーティモンターニャ単独
アクセスJR青梅線で奥多摩駅
行程

コースタイム

  • 記入中

コースマップ

総距離:- km
累積標高上り:- m
累積標高下り:- m
最高標高:- m
最低標高:- m

山行記録

プロローグ

道を見つけたのは偶然だ。
半日だけ歩くと決めた日曜早朝の青梅線車内で「どこを歩こうか」。ゴンザス尾根から石尾根の範囲を思い浮かべて候補を探す。そういえば、駅近のゴンザス尾根の下の方は、足を向ける機会が少ないな。大氷川の南端から除ヶ野~安寺沢へ向かう日原古道をたどり、分かれる踏み跡があればたどってみようか。
散歩気分で奥多摩駅をスタートする。新氷川トンネルの手前で旧国道に入りもえぎの湯方向へ向かい、しかし大氷川の南に上がる階段を通り過ぎてしまう。直感が働いたといえば誇張で、「ゴンザス尾根の南端はもっと先だから」、もう少し探索してみようと思っただけだ。
氷川隧道をくぐりもえぎの湯の前を通り過ぎ、馬頭さまに通りかかる。拝んでから解説板を読んでみる。

氷川と白丸は隣り合わせの集落なのに、地形が急峻で交通の難所であったことが道筋の変遷とともに記されている。次いで、強烈な一文が目に飛び込んできた。
“(馬頭さまは)当初は、現国道より十数米上部の旧道に建立されていたものであるが……”

十数メートル上の旧道! 聞いてないぞ、そのようなものはw
同時に、1年半前に大氷川のはずれでお地蔵さまを見かけ、「ここは大氷川集落の入り口ではないか」と感じたのを思い出す。
十数メートル上と、お地蔵さまは標高で一致する。であれば、日向集落の西の端からお地蔵さまを目指そうじゃないか。

氷川の七曲り(旧青梅街道、日向~氷川)

GPXの赤線はアテにならない。奥多摩駅でコンパスのキャリブレーションを忘れ、日向でズレが激しいのに気づいて校正した。なによりも、現在のGPXの精度は崖っぷちの道を行くときに高度の誤差が大きすぎる。水平方向はまだマシだろう。

※記入中

メモ

氷川トンネルはJR青梅線、1944年。新氷川トンネルは現国道411号線、1983年。「氷川隧道」が旧国道411号線、「もえぎの湯」に至る道、1933年(昭和8年)。
コンタクトレンズを忘れ、スマホの操作はラクだったが地表の起伏を読み取りにくかった。

関連する筆者の山行記録

氷川古道(氷川から倉沢 )
https://www.yamakei-online.com/cl_record/detail.php?id=313105

公開日


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